雑記 - 独創性に関する一考察(完)

 これにて完結。


 論理の起点、いや、それ以前……、言葉の定義が、そもそも、各々、異なると思う。もし、無から有を生み出す、魔法のような現象を独創と形容するなら、おいらの考えとは交わらない。平行線。


 先人の御言葉を借りて、モヤッと、締めます。


或声 お前の書いたものは独創的だ。
僕   いや、決して独創的ではない。第一誰が独創的だつたのだ? 古今の天才の書いたものでもプロトタイプは至る所にある。就中(なかんづく)僕は度たび盗んだ。

芥川龍之介『闇中問答』,1927,遺稿


 青空文庫に、『闇中問答』の全文が掲載されています。

コメントの投稿

非公開コメント

Aさん、毎度!

完全に偶然の産物、その偶然は、きっと、以前に、そういうやり方を目にしているからやと思う。小ブログでも、頻繁にやっています、笑。以前に目にしたものは、無意識に表出する。無意識の模倣、ですね、♪。

模倣なのです。よく考えれば、分かる。模倣せず、独りで、他人とは違う何かを産み出したと思ったとき、それが、ホントウに独創的であるコトは、滅多にない。模倣するつもりはなくとも、すでに在るものに辿り着いただけであるコトが通常。独創的だと思ったとき、たいていの場合、それは、無知なだけ。

ある日とつぜん、独創的な曲が浮かぶ。たまらなく嬉しい。早く誰かに聴かせ、自慢したい。友だちを集め、得意顔で披露。しかし、予想に反して反応は冷たい。小ばかにしたような、笑みを浮かべる者までいる。ガマンできずに感想を求める。有名な曲に似ていると指摘された。しかもその有名な曲は、ある曲の模倣だと非難されているらしい。

それは、ありふれたエピソード。聴く側であれば、なおさら。

では、独創性は、どこに。模倣の仕方、そのセンスに、独創性が隠れている。そこに心血を注いでも、センスよく模倣できる者は、ほとんど居ない。

当然に、この思索も、模倣です。独創性の欠片もありません。

このテーマ、とりあげて良かった……、ありがとう、☆。

返信ありがとうございます!

褒められるのは慣れていなくて、恥ずかしいです。
でも、理解していただけて、本当にうれしい。

いやいや、ヒロさんのブログを見ていなかったらこんなこと考えずに生活していました。
日々学習です。

自分では伏線を張ったという思いはなかったです(笑)
完全に偶然の産物。

正直、このコメントも一個前のコメントも、どこかの誰かの言葉の引用であるかもしれません。
ボクは結構「あ、いいな」と思ったことをそのまま使ってしまう癖があるので、、、。
完全に独創性はないです。模倣品(笑)
だからこそ、寛容側(?)に回っているのかもしれません。

Aさん、毎度!

感心してしまった。

おいらの、拙い表現に感化されたとは、思いません、笑。おいらの投稿を読み、触発されて、元々お持ちであった持論を展開しただけですね、おそらく。

その持論が、おいらの持論に、近い。コメントを拝読する限りは、同じ。ですが、コノ小さなスペースで語りつくせるハズもありませんから、大げさにならぬよう、近いと、形容いたします。

芸術に関する創作活動における独創性の話を、芸術という比較的に曖昧な世界に伴う語彙を用いて説明せず、元素、公式、研究などの言葉で表現なさったAさんのコメントに、「ん。やられた」と、笑、思いました。 

やられました。

偏狭ではない。「この考察は人のとらえ方によって変わりますよね。」というくだりが、効いている。

「終わりの、答えの無い感じ。」と、モヤッと伏線をはり、「答えなんてない。 」と着地するってやり方も、巧い。

おいらも、そんな風に書きたい、♪。が、引き出し不足、笑。

曖昧な世界を、平易な言葉で説明し、平たく伝えることを信条にしていました。が、曖昧な世界を、別の、明確な世界に置き換えて説明する、そういうやり方、小ブログで、したことない。その手法、パクらせていただきます、('▽')。巧く応用できる自信はありませんが、試してみたい。

FU-YUさん、毎度!

料理に喩えたのは、失敗でした、笑。その箇所、消しました。

模倣にムッとしますか。しかし、創造の出発点は、模倣です。模倣の仕方に、独創性が隠れている。それが、おいらの言う模倣です。

長くなるといけないので、端的に書きました、☆。今回のシリーズは、長すぎた、笑。

斜め読みで充分ですっ。ご覧くださり、コメントまでお寄せ頂き、感謝しています、♪。

こんにちは

さらっと読んだだけでのコメントになります。すみません。
ですが、こういう話好きなんです(笑)
終わりの、答えの無い感じ。
時代は加速、、、じゃないですが、やはり年月は積み重なってるわけで、そのなかで様々なものが創り上げられている。
一から新しいものを使ってまったくの新しいものを創り上げる、というのが独創であるならば、それはもうこの年代ではありえないんじゃないかと思います。ボクは。
自然に生まれてきたものが完全なオリジナルだとして、それは人間が独創したものではない。
人間がまったく新しい元素を作り出したり、ある公式を導いたとする。
でもそれは、まったく新しい、独創的なものではなく、もともとのなにかしらを使ってのものだからそれは完全なオリジナルとは思えません。
研究するにも過去の学を用いているわけだし、公式を導くにしても、何かしらの文字や記号や考え方は使わざるを得ない。こういうものは自然に生まれてくるものではないかと。
結局は、この考察は人のとらえ方によって変わりますよね。
答えなんてない。

なんだか自分が思ったことそのまま書いてしまい、とても読みづらい文になってしまったと思います。
すみません(笑)
自分の思いや考えを文字におこすのってとても難しいです。

浅くてすみません<(_ _)>

こんばんは~。
すみません。最近文字面がなかなか読み進められなくて飛ばしながら読んでしまってますので、こんなコメント失礼かと思いますが、ここんとこがおばちゃんのずうずうしさとご勘弁。

料理のレシピ通りに作って「当店オリジナル」って出したら完璧に盗作だけど、原型は残しつつ各店がスパイス味付けなど工夫を凝らしたら違うってことですよね。
と、同じく、音楽もある意味リスペクト的に耳に残っているからこそ似たようなものができるにしても、その人のスパイスははいっているわけで…。
結果良いんじゃない?的な感じなんですかね?

例の上海の疑惑では、同じようなタイプの音楽だったから問題になってたけど、タイプの違う音楽だったら騒がれなかったでしょうね。

すみません。浅い考えです。
かく言う私は模倣と思えるとちょっとムッと来る派かな?
最近では槇原さんの曲とGREEEEN(あってます?)の曲がそっくりだと思った記憶があります。
ブログについて

ヒロ

ブログ名: jmusic
管理者 : ヒロ
邦楽の話題が中心のブログです。

検索
書庫
10  10  07  06  04  01  12  11  10  09  08  07  05  04  01  11  10  09  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01 
コメント